家族信託(民事信託)の中でも昨今、社会的に大きな期待を集めている、「親なき後支援信託」(障がい者福祉型信託)の応用を試みた例です。

目次

事例 二男一女の一家で、二男は知的障がいをもつ

「親なき後」の問題については、成年後見はもとより、家族信託(民事信託)の活用に期待する声がここのところ高まりつつありますが、その知名度はまだまだの状況です。

一家を支えてきた方にご不幸があった場合への備えは、一朝一夕には決まりません。個々の家庭事情を踏まえ、各当事者にとって何が最善か、じっくりと検討しながら決めてゆきたいものです。「終活」全体として見た場合、現状、70~80代に具体的に動かれるケースが大半といわれますが、もう少し早めに検討を始められることをお勧めします。

1.現状 ご主人は最近、会社役員をリタイア。妻は専業主婦で、知的障がいのある二男の面倒を見てきた。

ご主人(「ご自身」)は最近、著名な会社の役員をリタイアしたばかりです。現役時代は自他ともに認める「昭和型」のモーレツビジネスマンで、社内では恐れられる存在でした。
妻Aは専業主婦で、知的障がいのある二男Cを気にかけており、長らく一人で面倒を見てきました。
長男Bは大学卒業後、近隣の中小企業に就職しました。一昨年、結婚して長女をもうけており、両親と同居しています。
三番目の長女Dは、地方の大学の医学部に在籍中であり、将来はどこかの勤務医になるものと思われます。

何ごともきちんとしなければ気のすまないご主人は、ご自身の健康状態にはある程度自信をもっているものの、まだまだお金のかかる子供達、特に二男Cの将来については心配が絶えません。これまでは専業主婦の妻Aに任せきりで、正直、どのような生活を送ってきたのか、具体的なことは分かっていませんでした。時間に余裕ができ、改めて知人・友人から各家庭の介護や相続の話を聞かされるにつけ、何らかの具体的準備を始めなければ、と悩み始めている今日この頃です。

先日、試しに業者の無料相談会に行ってみましたが、二世帯住宅への建て替えの話ばかり聞かされていやになり、紙も書かずに早々に引き上げてきました。
また会社勤め時代からのメインバンクからは、退職慰労金から半額程度、投資信託を購入することを強く勧められています。相談の窓口も、もちろんありますが、きめ細かい対応を要する事項については別途、弁護士を使いますといわれ、直接やりとりするよりも高くつくのでは、と疑念を感じています。

とりあえず心あたりの本を購入し、あれこれ読んでもみるのですが、元々あまり法律や制度に詳しくないこともあり、どの項目がご自身の場合に該当するのか、判別しかねています。

なお、二男Cについては妻Aが自宅で面倒を見てきましたが、成年に達したのを機に、紹介を受けた施設で就労支援を受けています。

2.問題解決の糸口として・・・

まずは、課題を項目別に整理してみましょう。

(1) 自身の認知機能が低下する事態を想定し、その後の資産管理と相続対策等、必要な終活をしておきたい

(2) 同居の長男Bが、万一自身が認知症となった後に家産を勝手に処分するなどして(自宅の増改築など)、特に二男Cの生活維持に支障が生ずるような事態を防止する仕組みを設けたい

(3) 自身と妻Aが亡くなった後、二男Cについては、できれば公的施設で生活できるようにしてやりたい

(4) 二男Cは現在、支援施設で就労体験をしているが、定着したとしてもその給与だけでは生計費として十分でないため、自身の遺産から毎月補填資金を受け取れる仕組みを設けたい

(5) 以上を踏まえ、妻Aと長男Bについては自宅を、長女Dについては金銭を、優先的に配分する形で相続対策を図りたい

3.具体的仕組みについて

遺言書、任意後見契約書、および信託契約書の組み合わせによる対策が基本です。

(1) 同居の長男Bへの牽制

(a) 自身の生前
同居の子が、被相続人の認知症進行を機に事実上の資産管理代行者となり、生前の間にリフォーム等の事実行為を積み重ねて、本来想定されていた遺産を大きく食いつぶしてしまう、という例は少なくありません。業者によっては、これを同居の子に暗に推奨し、仕事を確保しようとするものさえなくはないのです。よくも悪しくも日本では、同居に伴う共同生計によって、被相続人の本意に沿わない資産処分が横行しがちです。

これを防止するためには、ご自身が健常である間に、(部分)自己信託(信託宣言、とも)の形で相続財産の大どころを信託してしまい、認知症発症・死後とも、推定相続人による勝手な資産処分を牽制・防止する手立てを講ずるのが現実的です。

(b) 二男のライフプラン
二男Cが「親なき後」に自活してゆくについては、兄B夫婦や妹D(長女)に面倒を見させることは極力避けたい、と考えています。一方、現在は親が付き添って就労支援施設に通わせるなどしていますが、このまま自立して最低限の日常生活ができるようになるかは疑問、という状況です。このため、とりあえずは居住型の生活支援施設(グループホーム)を探しており、これが決まれば、それに見合う公的補助の利用も相談したいと考えています。なお二男Cはやさしい性格で、また子供と遊ぶのが大好きなので、むつかしいこととは思いますが、可能ならば結婚して家庭を築かせてやりたいと考えています。

以上を前提に、専門職等と相談し、生計費等として不足する分を月々、受け取らせる仕組みを講じたいと思っています。

(c) 相続対策
(b)の二男Cに対する配慮に次ぐ優先順位で検討したいと考えています。あくまで二男のことを最優先とし、それに必要な資産を控除した残りを、他の法定相続人に法定割合で相続させる方針で専門職と相談するつもりです。

(d) 具体的作業
・エンディングノートを書くなど準備の上で、遺言書を書いてみます。
・過去に別件で依頼したことのある行政書士に相談し、全体構想をきめることにしました。やはり、信託の利用を勧められたので、契約書文案の作成を依頼しました。同じくご自身の今後についての手当ても必要、との認識で一致したので、任意後見契約書の文案作成も進めることにしました。

・信託契約の概略の構造を、冒頭の家族関係図に書き加えたものが、上のスキーム図3の状態です。

1⃣ 上述の行政書士に各文案を作成させつつ、グループホームの選定にも相談にのってもらいます。

2⃣ 同施設の方と相談の上、中長期的なキャッシュフローを試算し、そこから二男Cの将来に向けてのライフプランに十分と思われる資産を算出します。できれば、少々の税制や社会保障制度の変更にも耐え得る程度の規模に決めたいですが、一方で遺留分には触れない程度に留めておきたいところです。更に、妻A、長男B、長女Dに極力、理解を求めます。

3⃣ 甥Fに全体構想を説明し、受託者になってもらえないか相談します。このようにして全当事者・関係者の合意が成立すれば、遺言書・信託契約書・任意後見契約書を公正証書にする手続を進め、2⃣の結果として決まった資産を信託し、行政書士に信託事務代行者として実務を委任します。

4⃣ 上記1⃣で決まったグループホームに、当初は通所などの形で「おためし」しつつ、二男Cの状態を見ながら徐々に母親Aからの独立を図り、可能ならば独立での居住に移行します。この段階で、二男Cが新たに受益者に加わることとなる条項を、あらかじめ設けておきます。

5⃣ 万一、ご自身に認知症の症状が現れた場合は法定後見に移行し、あるいはご不幸があった場合は、この段階で4⃣を待たずに二男Cを受益者に追加して信託が継続する旨の条項も、あらかじめ設けておきます。

6⃣ 同時に、二男Cについては受益者としての権利主張に不安があるため、妹D(この時点では医師になっているでしょう)を受益者代理人として、受託者F(甥)や信託事務代行者(行政書士)の相談相手になれるようにしておきます。

7⃣ この他、
・法定相続人A、B、Dに万一不幸があった場合の、ご自身の遺産相続の内容変更の仕組みについては、遺言書により
・受託者、信託事務代行者に身体的問題や事故があった場合については、あらかじめ信託契約書に定めた条項により、代わりとなる者を選任し
・二男Cに不幸があった場合は、精算の後、信託を終了し、お世話になった施設に寄付する条項としておく
などの定めが考えられます。

このようにして、受益者代理人、受託者、信託事務代行者の三者間に一種の相互監視の構造が期待できることより、二男Cの権利保護については、相応の安心材料となるでしょう。

なお、このようなご家庭特有の事情に配慮しての将来構想については、法律関係そのものよりも、むしろ個々の当事者の気持ちや感情のウエイトの方が大きいともいえます。このような、各自の心の機微に十二分に配慮した定めとしておくことが、結果的に、以降の全体の永続性を担保することにつながる、という面も心しておく必要があるかもしれません。

未来予想図Ⅱ