「簿外債務」移転リスクを最小化するという観点から、事業譲渡とデューデリジェンスの関係、そしてそこから浮かび上がる「デューデリジェンスの本質とは何か」を考えます。

目次

課題 中小M&Aにつき、デューデリジェンスの範囲をどう決めるべきか

「事業譲渡」の手法をえらんだとしても、デューデリジェンスを全くなしで済ませることは不可能です。それでは、その範囲はどういった考え方で決定されるのでしょうか。

1.デューデリジェンスの全体像(概要)

ここでは、ごく一般的なデューデリジェンスの概要を見るのに留めます。詳細については、専門書籍が山とあるからです。

(1) 法務デューデリジェンス(発行株式、出資関係、契約、許認可、コンプライアンス、訴訟など)

(2) 財務・税務デューデリジェンス(財務諸表、偶発債務など)

(3) 労務デューデリジェンス(雇用・労務手続、労使関係など)

(4) ビジネスデューデリジェンス(対顧客説明、社内ルールの適正性・遵守状況など)

(5) 不動産デューデリジェンス(取引、登記、地質調査、土壌汚染、耐震など)

(6) 情報デューデリジェンス(システム、秘密保持、情報漏洩、個人情報管理など)

(7) 知財デューデリジェンス(資産管理、権利行使・保護など)

(8) 環境デューデリジェンス(廃棄物処理、相隣関係など)

2.デューデリジェンス項目の決め方と効果

(1) 原則論
株式譲渡(あるいは「組織再編」全般)の場合、(会社としての包括移転となるので、)極論すれば、

・「買い手」またはそのアドヴァイザーが要求し、また
・「売り手」またはそのアドヴァイザーが、不要であることを「疎明」(ここでは裁判用語ではなく、一応納得させること)しきれない項目については、

基本的に全て、デューデリジェンスの項目に加えることに応じなければ取引が成立せず、あるいは交渉決裂となる、という建付けです。

(2) 事業譲渡なら・・・
例えば、法務デューデリジェンスでいえば、発行株式や出資関係については原則として行う必要がなくなるため、項目から外せます。一方で、単なる不動産などの売買ではなく、「事業」の譲渡なので、労務デューデリジェンスの各項目(未払賃金など)はおおむね必要となるでしょう。また、顧客に対する役務提供についての前受金なども、一般的には事業譲渡によっても「買い手」に移転する、と考えざるを得ない場合が多いかもしれません。

このような形で、「売り手」と「買い手」(またはそのアドヴァイザー)の間で、契約の基本構造に応じ、交渉により項目設定について順に合意することから始める必要がある訳です。

(3) 各デューデリジェンス項目の効果
例えば、ある法律関係や事実関係がある/ないことが事実であり、その記載内容が正確であることを「売り手」が表明・保証するという「表明保証」条項に違反があった場合、損害賠償請求・補償請求条項により、「買い手」から賠償・補償請求される、というのが典型的な効果となります。あるいは「チェンジ・オヴ・コントロール」(COC)条項違反、例えば、売却後も同様に取引を継続してくれることになっている、と表明保証した主要取引先に、売却後に契約を解除されてしまったという場合に、「買い手」から損害賠償請求・補償請求される、などです。

3.中小M&Aにおける現実性

中小企業の場合、一般論として、大企業のような財務諸表の正確性・網羅性、あるいは業務ルールの厳格性の水準は期待できません。それを承知で、大型のM&A案件の契約締結手続を「雛形」として進めれば、コスト高となるだけでなく、「売り手」にとって酷な結果になり易いことは間違いありません。

類似の例に、JSOXという手続があります。ある会社の財務・決算につき、社内外の不正と業務過誤を防止するために各種仕事の手順・手続を変更・新設し、業務別に網羅的な手続書にしてゆき、その運用状況を半年刻みなどで監査・評価する、というものです。当初の準備作業として、各事業部門のキーパーソンに、順にヒアリングをし、点検項目と業務フロー、およびリスク評価項目の「三点セット」をまとめてゆくだけでも、少なくとも半年はかかります。

会社関係者同士の調査ですら、「どこにあるか分からないリスク」をあぶり出すには、これだけの手間と時間を要するのです。加えて、いざ運用を始めてみると、当初のヒアリングによって部門長等が説明した内容が、実は部分的に推測や思い込みに過ぎず、当の担当者の業務手順を正確に説明できていなかった、と判明して次々に修正することになる、という実態があります。念のため申し添えますと、大企業のケースでこれなのです。

ましてや、全くの第三者による限られた時間でのヒアリングに対し、またある意味で「敵対的」な立場に立たざるを得ない「売り手」の社長やキーパーソンが、何もかも正確に「表明」し、あり得るリスクを洗いざらい思いついて指摘したことになっている、とする建前の契約がいかに非現実的か、容易に想像がつくでしょう。

4.デューデリジェンスの本質とは何か

再々の繰返しになりますが、デューデリジェンスは、「買い手」の利害から必要とされる手続です。「簿外債務」の遮断がその最大の目的ですが、1.で見たように、「買い手」のアドヴァイザーの立場からすれば、後日極力、漏れがないように、包括的かつ網羅的にやらざるを得ず、またその分の報酬が上乗せになる訳ですから、なお更、力が入ります。

ところでこの考え方、すなわち「会社売却」にひそむリスクを周到に、網羅的に契約書に拾い上げ、それに該当する事象が顕在化したら損害賠償請求・補償請求で取り返すというものですが、いかにも冗長で、コスト高な発想です。むしろ事業譲渡により、移転するのはこの部分だけで、あとは「売り手」にそのまま残る、とする方がスマートではないでしょうか。同時に、割安でもあります。つまり、最初から「行って来る」に仕立てるまでもなく、リスクは今までどおり「売り手」側に、でよいのではないでしょうか? 元々偶発性のものなのですから、こうすることにより結果的に何もなく済めば、「三方丸く納まる」というものでしょう。

前回も書きましたように、何より簿外債務というものは、従来のオーナーが従業員や取引先、近隣住民、消費者などとの間で維持してきた関係に潜むリスクな訳ですから、それが顕現化した暁には、誰よりも従来のオーナーが処理するのが適切な(鎮めることができる)場合がほとんどというべきで、これら共々、会社解散・精算などによって最終決着すればよい、と考える方がはるかに合理的です。会社「売却」代金も充当できるでしょう。「事業承継M&A」の観点からすれば(相続までを視野に入れるならば)、その間、残った会社は休眠状態としておけば、余計なコストもかかりません。

このように考えると、従来、ややもすると会社の「売却」なのだから株式譲渡に決まっており、従って当然、デューデリジェンスは手厚くやらざるを得ない、との「思い込み」が一般的にあったように思えます。ここが「最初のボタンの掛け違い」であるとはいえないでしょうか。元々、会社の「どこにひそむかわからない」リスクが「存在しない」ことを従来のオーナーに証明させよう、という発想自体に、ムリがあったというべきです。

「事実を否認する者には、立証義務はない」とする考え方を、論理学では「悪魔の証明」と呼びます。事実の「存在」は比較的証明し易い(一つの論証で済む)一方、「不存在」の証明は各段に困難です。なぜなら、それは常に「補集合」をくまなく点検することを意味するからで、一般的に膨大な広がりをもつ「それ以外」の範囲を次々と、くまなく確認してゆくことは、事実上不可能だからです。日本の行政手続上も、同様に、「不存在」のエビデンスは、原則として求められません。そのくらい、ムリ筋なのです。(なお、「登記されていないことの証明書」というものがありますが、法務局の単一の〔「有限」の〕データベース内での検索結果に過ぎず、ここでの話とは次元の異なる問題といえます。)

「デューデリジェンスを尽くす」などと軽々しく(?)口にする業者を、従って、少なくとも筆者は信用することができません。「偶発性」に対する責任とは、それ程、重いものです。おそらくその必要性を声高に唱える本人達すら、本気でできると考えてはいないものと思われます。「売り手」責任を徹底する(従って、これにより「本人」の責任を極小化する)「方便」に過ぎない、とはいえるでしょうが。